2001/03/10
| 大洪水以前の世界(後編) |
〜年代測定法と古代大陸〜
恐竜はノアの大洪水が起こった約4500年前まで生きていた。恐竜はノアの大洪水によって最終的に地上から滅びてしまったのである。しかし、通説では6500万年前に滅びたとされる恐竜が、わずか4500年前まで地上で生息していたというならば、なぜその間、化石として残らなかったのかという疑問が残る。そこで、まず知ってほしいのは、ある特定の環境と条件がそろわなければ生物は決して化石にはならないということである。通常、空気中に放置された生物の遺骸は即座に腐敗し、最終的にはバクテリアなどによって完全に分解される。そこに化石となる余地はない。化石形成に望ましい場所とは冷たい海や湖の底、それも酸素が遮断される泥の中なのである。
遺骸が腐りきる前に砂や泥などが積もって埋没すると、分解者が酸素を吸収できなくなり、腐敗の進行がストップする。そのあとは純粋に化学変化のなせる業である。まず荷重の圧力と脱水作用によって、堆積物中の膠着成分が軟弱な土砂を硬い岩石の地層へと変化させる。続いて骨や殻などの微小な隙間に鉱物分を含んだ水分が浸透する。するとその水分から折出した鉱物の結晶がやがて隙間全体を埋めていき、生物の遺骸を恒久的な化石成分へと変化させるのだ。大量の化石が発掘されるという事実自体、過去に起こった何らかの巨大なカタストロフィによって多種にわたる生物が極めて短期間に絶滅したことを暗示している。こと皮膚の印象や羽毛の痕跡が残った化石に至っては、化石の主がまだ生きているうちに瞬間的に土砂に埋没し、酸素が遮断されたとしか考えられない。
こうした生物大量絶滅は6500万年前の恐竜大絶滅に限らず、地球の歴史が始まって以来ある一定の間隔で、すなわち周期的に起こっていたとされている。有名どころでは、4億4千万年前のオルドビス紀末、2億4千8百万年前の二畳紀後期、1千百万年前の新生代第三紀などなど…そしてその度に海洋生物、陸上生物、さらには昆虫や植物にいたる多種多様な生物が一斉に地上から姿を消しているのだ。こうした結論は化石から導き出されたものである以上、大量に発掘される化石自体の中に過去に起きた激変と天変地異を暗示する何らかのデータが含まれていることを意味する。化石を形成するにはそうした大激変が必要不可欠なのであり、化石が存在しないこと、それ自体は生物が存在しなったことを示すものではない。
もちろん、多くの科学者はすべての恐竜化石が激変によって瞬間的に作られたなどとは考えていない。層序学からすれば、より古い時代を生きていた生物ほどより深い地層から発見される。恐竜大絶滅の原因がカタストロフであることは確かだろうが、恐竜の生息年代は三畳紀、ジュラ紀、白亜紀とわたり、その間1億6千万年の時を埋める地層から偏りなく恐竜化石は発掘されている。ゆえに、全ての恐竜化石が一度の大激変で形成されたとは考えられないという。しかし、厚い地層は本当に悠久の歳月を経なければ形成することができないものなのか?過去に起こった地球規模の大激変によって、膨大な土砂が恐竜の遺骸を巻き込んで堆積し、一挙に分厚い地層が作られたとは考えられないだろうか?
実際、地層が長い年月をかけて徐々に形成されたにしては不可解なことが多々ある。あらゆる恐竜および生物の絶滅は一般に6500万年前に同時に起こったと認識されている。しかし、それは誤りだ。魚竜は8500万年前に姿を消したし、翼竜のプテラノドンは7500万年前に絶滅した。アンモナイトが絶滅したのは7000万年前である。二足歩行していたカンプトサウルスの絶滅に至っては、なんと恐竜大絶滅を乗り越えて6000万年前だ。さらに数万年というごく短い間に絶滅した種もあれば、100万年以上かかってゆっくりと死滅していった種もある。現代科学の理論では、白亜紀後期に多くの種が段階的に絶滅していった原因はほとんど説明できない。
これは化石の年代を地層との対応により探ることからくる大きな矛盾であり、古生物学の基盤ともなる層序学に誤りがあることを示唆している。一般に、地層は膨大な時の経過のなかで自然に堆積していったものとされている。しかし、もし過去に地球全体を水底に沈めるような未曾有の大洪水が発生したならば、急激な土砂の堆積によってきわめて短期間のうちに分厚い地層が形成された可能性がある。現代の斉一論はこうした激変の存在をまったく想定していない。1時間で1センチの土砂が堆積する河底があったとして、もし3センチの土砂が堆積していれば、斉一論では単純に3時間経過したと考える。
しかし、大雨が降り、河が氾濫して大量の土砂が流れ込んでいたとするなら、この推測は成り立たないことになる。基本的に地層の形成に関しては、アカデミズムはこうした激変の可能性を除外している。しかし、激変によって短期間で地層が形成されたとする理論は、必然的にある重大な法則と抵触することになってしまう。進化論である。地層累重の法則からすれば、下位の地層になるほど年代が古くなり、それにともない出土する化石の種類も異なってくる。下位の地層には原始的な生物が多く、上位の地層には進化した複雑な生物が多くなる。地層が短期間で形成されたとすれば、すべての生物が上位下位に係りなく均等に出土するはずではないのか?
◆大洪水と化石形成
これに対し創造論者と呼ばれる人々は次のような理論を立てる。大洪水で地上が水没した際、水の振るい分け作用によって細かいものは下に沈澱し、大きなものはその上に堆積したはずだ。土壌細菌等の微生物は最下層に沈澱し、藻類や貝類などの海底生物や海生無脊椎動物などの遺骸がその上に重なり、次いで十分な泳ぎが出来なかった原始的な古代魚が堆積し、ある程度濁流に逆らって泳げた魚類や両生類がそれに続いたというのだ。また、洪水が発生する降雨の段階で、愚鈍な爬虫類よりも高度な移動性を有していた恐竜が、そして恐竜よりも高い知性を有していた哺乳類がより後になって水没したため、あたかも原始的な生物から高等な生物へと漸進的に進化したように見えるのだという。
人類に関しては、文明を築いていた以上、徐々に増し加わる水から逃れる術を有していたはずであり、高い山に登ったり、船に乗ったりすることで、他の動物のように初期の段階で溺れ死に、膨大な堆積物に潰されることが少なかった。先述したように化石が形成されるにはそれなりの条件が必要であり、膨大な土砂の圧力を受けることがなかった人類の遺骸は、化石になる余地もなくその多くが水中で腐敗し跡形もなく消失してしまったと考えられるのだ。もっとも化石化した人間がまったくいなかったというわけではない。1971年4月、コロンビアで体長10メートルのイグアノドンの骨格化石が、人間の頭蓋骨と一緒に発見された。
頭蓋骨は石化作用が進んでいて、ほとんど完全に石灰に変っていた。ご存知イグアノドンは、通説では白亜紀末期の6500万年前に滅んだとされている。発掘に当たったコロンビア・デル・キンディオ大学のエナオ・マルティン教授は、合衆国の複数の大学宛てにこの驚くべき発見を個人的に通知した。しかし、大した反響もなく、考古学界はマルティン教授の発見を完全に無視した。証拠品はマルティン教授が教鞭をとっているデル・キンディオ大学に今も保存されており、調査したいと思えば誰でも見ることができる。一般人からすれば、これだけセンセーショナルな発見がなぜ学界で取り上げられないのか不思議に思うだろう。
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| 白亜紀の砂岩層から発見された金槌。 砂岩が形成された時代に知能を持った生命が存在したのか。 |
しかし、アカデミズムには“定説”というものが存在し、その定説とあまりにもかけ離れた発見は、弁解の余地なく発掘過程に誤認があったか、あるいは調査する価値もない“キワモノ”として扱われるのが普通なのだ。発掘に当たった考古学者からすれば、こうした学界の対応には当然納得がいかないだろう。しかし、あまり自分の発見に固執すれば他の学者たちから異端視されることは目に見えている。こうして定説にそぐわない人類の化石は“あってはならないもの=オーパーツ”として扱われ、その多くが日の目を見ずに埃をかぶる。同様な事件はアフリカでも起こっている。1974年12月26日、タンザニアのオルドヴァイから40キロほど離れたレトリ川の河床で人類の化石が発見された。
これらの化石の年代は、放射性元素年代測定法で測定された結果、7500万年から6300万年前と判明した。発見者のメアリー・リーキーによれば、これらはアウストラロピテクスの骨ではなくサピエンス属の骨だという。まさしく人類と恐竜は白亜紀に共存していたことになってしまう。もっとも、これらの人類化石は人類が“数千万年前”に生きていたということではなく、恐竜が“数千年前”まで生きており人類と共存していた――すなわち現在の層序学と年代測定法に何らかの欠陥があることを示唆している。先ほど言ったように、下位の地層ほど年代が古いとする地層累重の法則を担保する理論が進化論である。
◆放射性同位体による年代測定
下位の地層から原始的な生物が出土すること自体、進化論が正しいことを示している。大洪水により一度に地層が形成され、水が生物を振るい分けたとしてもそれだけで全ての謎が解けるわけではない。だが、ここで理解してもらいたいのは、地層累重の法則と進化論は必ずしもリンクしているわけではないということだ。一つの化石発掘現場からオルドビス紀の原始生物が発見され、その上位地層から白亜紀の恐竜が出土するかといえばそうではないのだ。そもそも生物には生息環境というものがあり、膨大な時の流れの中で海底が隆起し陸地にならない限りは、オルドビスの海洋生物が生きていた場所に陸上の肉食竜が繁栄するということはそう多くない。
必然的に化石発掘現場は各時代によって大きく相違し、進化の過程が地層の重なりの中にまさしく目に見える形で確認できるわけではないのだ。地層累重の法則が適用できない――地層の上下位が不明な場合には、出土する化石によって地層の新旧を決定する。これを“化石による地層同定の法則”と呼ぶ。とはいえ地層同定の法則をダイレクトに適用するには、その化石が“示準化石”と呼ばれるある一定の種類の化石でなければならない。示準化石となり得る条件は、その生物が比較的短期間に繁栄し、しかも地球的な規模で広範囲に分布していたことである。例えば、アンモナイトの最終形態であるニッポニテスが出土したなら、その地層は白亜紀後期であると推定される。
では、ニッポニテスがなぜ白亜紀に生きていたと分かるのかと言えば、その化石が過去に白亜紀相当の年代であると確定した地層から出土したから、あるいは放射性同位元素を用いた年代測定法で白亜紀相当の絶対年代がはじき出されたからに他ならない。ちなみに、白亜紀やジュラ紀といった大まかな時代区分を「地質年代」、具体的な数値として6500万年前などと言う場合は絶対年代と呼ぶ。それでは年代測定の方法を具体的に説明しよう。絶対年代は放射性元素の半減期によって測定する。動物であろうと植物であろうと、生存中は生体に放射性元素が一定の割合で微量に取り込まれる。しかし、生物が死亡すると元素の供給が断たれる。放射性元素は崩壊しやすい性質を持つため、放射線を出しながらいずれ別の物質に変化する。
そのため生体に取り込まれた放射性元素は生物の死後徐々に減少し、一定の期間で半減していく。これが半減期である。理屈的には放射性元素の崩壊プロセスがどこまで進んでいるかを測定すれば、生物が生きていた年代を算出することができるのだ。有機体に微量に含まれる炭素14(C14)も、こうした放射性元素の一種である。もっともC14の半減期は約5730年と比較的短く、4万年よりも古い化石の年代測定には不向きである。残留元素が微量過ぎて正確に年代を測定することができないのだ。ちなみに、C14法のように化石を直接調べる方法は年代測定法としては稀なタイプで、カリウム−アルゴン法、ウラン−鉛法、ルビジウム−ストロンチウム法、アルゴン−アルゴン法などはすべて岩石の年齢を測る方法である。
恐竜化石の年代測定に際しては主に、化石を含んだ地層の上下位の“溶岩層”の年代を測定するという方法がとられている。溶岩層の年代測定には13億1千万年という非常に長い半減期を持つ放射性元素カリウム40が用いられる。放射性元素カリウム40は13億年で半分がアルゴン40に変異する。溶岩に閉じ込められた二つの元素の割合を現代のそれと比較することで、溶岩が固まった時の年代を特定できるわけだ。この方法を用いれば、恐竜を含む古代生物が生きていた年代をかなり正確にはじき出すことができる。ただし、過去の地球が現在とまったく同じ環境だったなら、という条件付で……
具体的に言えば、過去の地球においても、大気中に含まれる放射性元素の割合が現在のそれとまったく同じならば、放射性元素を用いた年代測定法は信頼できる。しかし、もし何らかの原因で大気中に占める放射性元素が現在よりも少なかったならば、数千年前の化石が数千万年前、数億年前のものと誤って算出される可能性がある。実際、空気中に占める放射性同位体の割合はどれも著しく少ない。C14に至っては普通の状態で大気中に1兆分の1しか含まれていない。このことは過去の地球におけるわずかな大気成分の違いによって、放射性同位体による年代測定の誤差が著しく拡大されることを意味している。
また、放射性同位体の長大な崩壊速度(半減期:カリウム40=13億年、ウラン238=45億年、トリウム232=140億年、ルテチウム176=240億年、ルビジウム87=470億年、レニウム187=620億年、ランタン138=700億年)、を前提として、雀の涙のような減少値から年代を算出することがきわめて困難であるという点もあげられる。これは隠し事でも何でもなく、科学者自身、こうした放射性同位体を用いた年代測定法が決して完全なものではなく、ときに真の年代とはまったく関係のない年代を与えることを認めている。
「注意しなければならないのは、絶対年代という言葉から受ける印象のように、この測定値が絶対的に正しいというのではないことである。鉱物の性質や、採集条件、測定方法、誤差などたくさんの問題点が含まれているのであって、その値が正確であるというよりは、計算により数値として求められたものという意味の方が強いのである。実際に、同じ鉱物について別の方法で測定された値が、大きく喰い違うことは稀ではないし、層序学的に前後関係のはっきりしている二つの試料を測定したところ、数値では逆順になる結果が得られたこともあって、まだ将来検討されなければならない点も多いのである。」(『原色化石図鑑』より)
1968年10月11日号の科学雑誌『サイエンス』は、200年に満たないと分かっている火山岩をカリウム−アルゴン法で測定した結果、1200万〜2100万年を示したと報告している。有名なリチャード・リーキー博士が発掘したアウストラロピテクスも、カリウム−アルゴン法で最初に調べられたときは2億2000万年前と算出されたこともあまり知られていない。当然、こんなぶっとんだ数値が認められるわけもなく、何らかの測定ミスとして拒絶され、別の岩石標本が調べられた。すると、260万年前というもっとも受け入れやすい数値を出したので、この年代が採用された。異なる試料により算出年代が大きく異なった場合、もっとも“定説”に近い数値を採用する――都合がよいといえば都合がよい。
◆天蓋の謎と温室効果
大洪水以前の地球環境――ことに大気の組成――が現在と大きく異なった場合、放射性同位体による年代測定法はまったく信用できない代物となる。具体的に、大洪水以前の世界と現在の世界で異なる点は何か?当時の世界を知る手掛かりとなる旧約聖書の中には、次のような記述が発見される。神は言われた。「水の中に大空あれ。水と水とを分けよ」。神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。そのようになった。神は大空を天と呼ばれた。(創1:6−8)ご存知、旧約聖書の中でもっとも重要な位置を占めるバイオジェネシスの一場面である。大空の下の水とは地球表面を覆う海水であると考えていい。一方の大空の上の水とは雨を降らす雲のことである。
ただし、現在われわれが普通に見る雲ではなく、大洪水以前の世界における巨大な“天蓋”――地球全体を厚く包んでいた高層雲を意味している。古代オリエントやギリシャの世界観では、大空の上には壁のような天蓋があり、あたかも東京ドームのように陸地全体をカバーしているとされた。もっともそれは雲の天蓋ではなく、丸天井のような固い天蓋だった。多くの学者は、ただ単純に創世記の記述は当時オリエント世界一帯に普及していたこうした天蓋概念の反映であると解釈する。しかし、そうした世界観を生み出した哲学、あるいは宗教思想の底流には、実際、大洪水以前に地球全体を覆う厚い雲が存在し、祖先から伝承として伝えられた当時の世界の記憶があったとは考えられないか。

旧約聖書の中には、ノアの大洪水の際、“天の窓”が開き、そこから膨大な量の水が落ちてきたと記されている。天の窓とは天蓋に開いた大穴のことであり、かつて宇宙から降ってきた大量の水分が地球の雲層を破壊したことを示している。すなわち、大洪水以前の世界に存在した巨大な“天蓋”はノアの大洪水で失われたのだ。地球全体が雲で覆われていたとするとそれだけ日射量も少なく、さぞかし寒かっただろうと思うかもしれない。しかし、雲の天蓋は地球を暖める赤外線は通過したが、熱に転換した段階で、今度はその熱を逃さないビニールハウスの役割を果たしたため、逆に地球全体が温暖だった。化石からも当時の地球は緯度の高低にかかわらず一様に温暖で湿潤な気候下にあったことが分かっている。
さらに、南極圏や北極圏からも植物の死骸で形成された大量の石灰層が発見されている。今は極寒の両極地方もかつては植物が生い茂る温暖の地であり、氷床も存在しなかったのだ。現在、両極地方を覆っている氷床をすべて溶かすと、全世界の海水面は約65メートル上昇し、陸地の8割以上は海の下になってしまうという。これはとりもなおさず、かつて地球を水没させた膨大な水が、天蓋が破壊されたことによる大洪水後の急激な放射冷却現象によって両極に集められ、そのまま豪雪となって降り注ぎ、巨大な氷床を形成したことを示唆している。また、雲の天蓋は温室効果により地球全体を暖めたが、同時に宇宙から来る有害な放射線の多くを地上に到達する前にシャットアウトした。
旧約聖書を読むと、大洪水以前の人々は異常なほど寿命が長かったことが分かる。アダムが930歳、セトが912歳、エノシュが905歳、ケナンが910歳、マハラルエルが830歳...という具合に。ところが、大洪水以後の世界を生きたノアの子孫は次第に寿命が短くなって行き、ノアの嫡男セムの時代には600年前後、アブラハムの代に至ると200年前後にまで落ちている。寿命の激変をもたらした原因の一つは、やはり天蓋の喪失にある。雲の天蓋は有害な宇宙線、特に細胞分裂を促し、老化の一因となる紫外線の大部分を反射した。むろん、900歳から100歳への急激なダウンはあまりにもケタ違いであり、単純に紫外線だけで説明できるわけではない。
現在、日本人の平均寿命は80歳そこそこ。同じ生物でも猫は10年前後、オウムは種類によるが30年前後、ガラパゴスのゾウガメは300年は生きる。ちなみに恐竜に関しては化石からも300年以上生きた種がいたことが判明している。生物の寿命を司るのはひとえに遺伝子である。理論的には遺伝子を操作すれば老化を鈍化させたり、あるいは寿命そのものを延ばすことができる。大洪水以前の異常な長寿にも、多分に遺伝的な要因が絡んでいる。旧約聖書によれば原初の人類アダムの末裔は大洪水で滅び去り、ただノアとその家族だけが残された。現在の人間はすべてノアの子孫であり、遺伝的にも彼らの情報を受け継いでいることになる。
ノアの三人の息子(セム、ヤフェト、ハム)はそれぞれ別の種族の嫁を娶っており、人種が3種に分かれたのもそこに原因がある。だとすれば、必然的に三人の嫁の遺伝子に生物の寿命を縮小するなんらかの要因があったことになる。あるいは近親相関を繰り返す過程で、潜在的な劣性遺伝子が顕在化した可能性もあるが、生物の平均寿命を設定する“時の遺伝子”がまだ発見されていない現段階においては、やはりすべて推論に過ぎない。寿命の謎に関しては将来のヒトゲノムの解読を待った方がよいだろう。ちなみに大洪水以前の世界は、有害な紫外線に限らず、地上に到達する宇宙線そのものが雲の天蓋に遮られたため現在よりも少なく、このことが年代測定の誤差を生み出す一因となっていると考えられる。C14のような放射性同位体の生成には宇宙線によってつくられる速度の速い中性子との衝突が不可欠だからだ。
◆超大陸パンゲアの謎
旧約聖書の冒頭「創世記」には、原初の古代大陸に関する記述がある。「天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ」(10:25)ご存知、神の天地創造において、海と陸地が形成された様子である。しかし、この記述にはおかしなところが一つある。球体の地球において水を一つに集めると、海が網目状にならない限りは、陸地も一つになるはずだ。しかし、現在、地球には6つの大陸が存在する。この矛盾を解くに関して興味深い事実が存在する。過去の地球には、確かに旧約聖書に登場するような一つの巨大大陸が存在した。それが超大陸“パンゲア”である。現在ある6つの大陸は、このパンゲア大陸がプレートテクトニクスによって分裂して誕生したものなのだ!
ある人はこう主張する。旧約聖書に記された超大陸はまさしくパンゲアであり、ひとつ所に集められた水は超大洋パンサラサであると。実は、オクカヘ砂漠で見つかったICAの石の中には、大洪水以前の古代大陸を描いたと思われるものが存在している。そこには丸い地球に刻まれた超大陸が四つに分離し、その境目が大河として描かれている。これを裏付ける事実として、旧約聖書には次のような記述が見られる。「エデンから一つの川が流れ出ていた。園を潤し、そこで分かれて、四つの川となっていた。第一の川の名はピションで、金を産出するハビラ地方全域を巡っていた。…略…第二の川の名はギホンで、クシュ地方全域を巡っていた。第三の川の名はチグリスで、アシュルの東の方を流れており、第四の川はユーフラテスであった。」(創2:10−14)

いくつかは現在も流れている川の名前だが、大洪水以前の源大河を指すため、現存する川と同じものだとは限らない。重要なのはエデンの園から四つの大河が流れていたという記述だ。さらに、ICAの石には古代大陸が毛布のようなもので覆われている様子が描かれてあり、当時、地球を取り巻いていた厚い水蒸気層を示唆しているとも考えられる。大洪水以前にパンゲアが存在した(あるいは分裂途上)とすれば、大洪水の後、現在の移動速度とは比較にならないほど急激に大陸が分裂したことになる。むろん、このことは超大陸パンゲアが存在したのは2億5千万年前であるとの科学的定説とは相容れない。ちなみに、パンゲアは1億8千万年前に北のローラシア大陸と南のゴンドワナ大陸に分裂し、その後6大陸に分かれたとされる。
ここで少し大陸移動の原動力となるプレートテクトニクスにも触れておこう。プレートテクトニクス理論によると、地球の表層部は、リソスフェアと呼ばれる硬い板状プレート10〜20個程度によってモザイク状に覆われているという。プレートは海底の大山脈「海嶺」で生まれ、マントル対流にのって少しずつ移動し、海溝で沈みこむ。つまり、プレートは一種のベルトコンベアであり、そこに乗った荷物としての大陸性地殻が、プレートの移動とともに運ばれる。これが大陸移動だ。プレートとプレートが作用し合う境界部では、地震や火山などの地殻変動が起こると説明され、逆にそうした活動が活発に発生する変動帯はプレートの境界と推定することができる。
プレートとプレートの境界は発散境界、収斂境界、並進境界の三つのタイプに大別される。発散境界はプレートが両側へと分かれて進む場所であり、地球を取り巻く中央海嶺や地溝(リフト)がそれである。ここではプレートが移動したあとに生じる隙間をマントル深部から上昇してきたマグマが充填することによって、新しい海洋プレートが形成されている。プレートが拡大していることは、海洋プレートに刻まれた地磁気の縞模様からも証明されている。発散境界が海洋底ではなく大陸プレートの下で形成されたときには、地溝(リフト)と呼ばれる細長い凹地ができ、ついには大陸が分裂しはじめる。地溝は次第に拡大して海水が流れ込み、海ができる。
二番めの収斂境界は、二つのプレートが衝突する場所であり、これにはプレートの一方が他方のプレートの下に沈み込む“サブダクション帯”とプレートどうしが押し合う“衝突帯”とがある。両者とも地震や火山活動など活発な地殻変動が起こっている地域である。大陸プレートと海洋プレートが出会ったときには必ず海洋プレートが沈みこみ、サブダクション帯となる。これは海洋地殻は玄武岩質で比重が大きいのに対し、大陸地殻は花崗岩質で比重が小さく、相対的に軽いためである。また、海洋プレートどうしが出会ったときには、どちらが沈み込むかはそのときの条件によって異なるが、やはりサブダクション帯となる。サブダクション帯では、プレートの沈み込み作用によって巨大地震が頻発する。
他方、大陸プレートどうしが出会ったときには、双方とも比重が小さいため、どちらも沈み込むことができない。境界部は必然的に盛り上がって高い山脈を形成する。これが衝突帯である。第三の並進境界だが、プレートどうしがすれ違う境界のことで、“トランスフォーム断層”と呼ばれる横ずれ断層が該当する。このようにプレートテクトニクス理論では、海洋プレートは海嶺で次々と生産され、他方、海溝で地球深部のマントルに沈み込むことによって消費される。大陸は半永久的に存在するのに対し、海洋底は次々に更新されて、古いものは残らない。有限な地球表面において、生産されるプレートと消費されるプレートの面積は基本的に釣り合うはずである。
しかし、きわめて奇妙なことだが現実にはそうではない。プレートテクトニクス理論には多くの欠陥があるが、プレートの収支がかみ合わないということもその一つである。プレートが生産される場所、すなわち海嶺の長さの合計は約6万5千キロ。それに対してプレートが消費されるサブダクション帯の合計は4万5千キロしかないのだ。これでは収支が合わない。J・スタイナーが計算したところによると、中生代から現在まで約1億キロの面積が過剰になってしまうはずだという。プレートが増加したということは地球の表面積が拡大したことを示唆する。表面積が拡大すれば、必然的に体積も増大する。すなわち、地球は膨張していたのである。
◆地球膨張論と古代大陸
プレートテクトニクス理論には解決されない多くの謎があり、観測が進んだ現在では、旧来の考え方はほころびはじめているといえる。地球の表面積が拡大した証拠として支持できるものの一つに南極プレートの存在があげられる。なんと南極プレートには収斂境界が存在しない。周辺を発散境界のみで囲まれているのだ。四方八方から生産されたプレートが押し寄せてくるというのになぜ余剰のプレートができないのか?ほかでもない、地球の表面積が拡大し続けている――地球が膨張している――からだ。それは同時に古代大陸が存在した太古の地球おいて、地球の体積は現在よりも小さかったことになる。超大陸パンゲアの復元図を見ると北のローラシア大陸と南のゴンドワナ大陸が、ともに“くの字”のように曲がった形になっていることがわかる。

古代の海岸線は明らかに両大陸が陸続きであったことを示している。プレートの位置関係や古代の地質からもこの考え方は支持できるのであるが、一般に2つの大陸を接合しない理由は他にある。地球の表面積が足りないのだ。現在の地球表面の曲率を前提としてローラシア大陸とゴンドワナ大陸の海岸線をくっつけると、地球の表面自体が歪んでしまう。この場合、地球の表面積を小さくすれば、その分、地球の曲率が大きくなり、超大陸パンゲアの歪みは見事に解消する。地球膨張論において、パンゲアはくの字型ではなく、丸い一塊の大陸であって、テーチス海は地球膨張によって生まれたと考える。地球膨張理論による大陸移動は収支ゼロの一般の大陸移動とは区別され、特別に“大陸放散”と呼んでいる。
地球膨張論はメカニズムがはっきりと分かっていないため、一般には異端科学扱いをされている。しかし、プレートテクトニクスが行き詰まっている現在、異端科学が保守的な学問を凌駕し、一転して定説に変ずることもあり得ないわけではない。そもそもヴェゲナーの大陸移動説も当初は異端科学として批判されていた。地球膨張論者の中には、地球が膨張したのは地球内部物質の相転移が原因であるとする者もいる。地球創世期において、高圧化で金属化していた核が相転移を起こし、マントル物質になるとき、体積が膨張したのだという。しかし、これが起こるためには、前提として地球内部圧力の低下が必須となる。
圧力低下の原因は過去に起こった何らかのカタストロフ――たとえば地球外天体の接近による凄まじい潮汐力などが考えられる。むろん、潮汐力は未曾有の世界中の大地震や火山噴火を引き起こす原因となり、生物を膨大な堆積物で覆い世界中の地層を形成した過去の大洪水(パンゲア以前に存在した超大陸ゴンドワナ、ロディニア、ローレンシアの各時代にも起こった可能性がある)とも関係する。あるいはその大洪水の一つはノアの大洪水とも十分考えられる。だからこそ、超古代文明人の遺産であるICAの石には丸いパンゲアが刻まれているのである。ところで、地球膨張が現在も続いているのかどうかだが、海嶺と海溝の収支が合わない以上、可能性は否定できない。
もちろん、感知できないほどわずかずつではあるが。しかし、無限に膨張しつづけるわけもなく、いずれ地球の体積は定量に定まることになる。そのとき、プレートテクトニクスはどうなるのだろうか?表面積を拡大する余分な海嶺は必要がなくなる。海嶺によるプレートの生産は徐々に鈍化していくはずだ。実はその徴候はすでに表れている。南北アメリカ、ユーラシア、およびアフリカの間に存在する中央海嶺の下には、高温のマントル物質が見つかっていない。最近明らかにされた表面波トモグラフィーの結果によれば、海嶺の下では高温物質が50キロメートル程度までしか続いておらず、マントル深部から上昇しているはずのホット・プルームはかけらも見当たらない。

現在、海嶺から生産されているプレートは惰性に過ぎず、中央海嶺はすでに死に絶えているといえる。科学的理論として実証されたわけではないが、プレートの生産が止まった海嶺は徐々に沈む込み、やがて海溝に身を変えることになるだろう。日本近海にあるフィリピン海プレートは太平洋プレートとアジアプレートに囲まれた位置にあるが、奇妙なことにどこにも発散境界がない。すなわち、プレートを生産する場所がなく、呑み込まれる一方だというのに存在するという不可解なプレートである。同じようなものにカリブプレートが挙げられるが、このことについて納得のいく説明はいまだない(にもかかわらず、さまざまな役割を負わされている)。役割を終えた海嶺は海溝に変じ、やがて消滅することになる。いずれ、地球はかつての姿に戻る(すなわち、収縮する)が、それはもっと後のことになるだろう。