2001/09/21

フリーメイソンのシンボリズム

(前編)


真理を発見したと考えるものは独断論者であり、
真理は理解できないとするものは観念論者であり、

さらに探求を続ける人は懐疑論者である。
――セクストス・エンペイリコス


 フリーメイソンという言葉を聞いて、あなたはどんなイメージを思い浮かべるだろうか?陰謀論に興味がある人なら、なにやらダーティーなイメージ――歴史的事件の裏に暗躍し、国際的な陰謀を背後で操る秘密政治結社のようなものを想像してしまうかもしれない。確かにフリーメイソンは、南北アメリカからヨーロッパ、アフリカ、オーストラリア、さらには日本を含めたアジア各国に支部を持つ巨大な団体、いや世界的な組織である。会員数は全世界で600万人を超えるといわれ、その集会所である『ロッジ』はアメリカだけで一万五千七百七十もある。フリーメイソンの会員(フリーメイソンリー)に知事や判事、大企業家、学者など政治的・社会的・経済的影響力の大きい人物が多々いることも事実である。

 1940年代の調査によると、アメリカ48州の州知事のうち34人、96人の上院議委員のうち55人がフリーメイソンであった。州議会においてもフリーメイソン議員の数は圧倒的であり、中西部のある州など、議員の70パーセントほどがフリーメーソンだったという。そもそもアメリカ合衆国の初代大統領ジョージ・ワシントンや建国の父ベンジャミン・フランクリンなどもフリーメーソンだった。ベンジャミン・フランクリンなどは1734年、ウォーター・ストリートのタン・タヴァンで開かれたフリーメイソンのロッジにおいて、メイソンの頭領グランド・マスターに選出されている。アメリカという国家の独立、建国そして発展の歴史の背後には常にフリーメイソンが存在した。

 ワシントンの副官であり初代財務長官となったアレグザンダー・ハミルトン、彼とともに独立革命の時代の経済の中心にいたロバート・モリス、最高裁判所の長官となり“アメリカ司法界の父”の異名を持つジョン・マーシャル、さらにはヘンリー・リー将軍や“アメリカ海軍の父”ジョン・ポール・ジョーンズなど、アメリカの建国と独立に深く関わり、その後のアメリカ政財界の中枢を担う人材はそろってフリーメイソンに加入している。さらにアメリカという国を象徴する数々のモニュメントの制作者――“ホワイトハウス”の設計者ジェイムズ・ホーバン、巨大なオベリスク型建築で有名な“ワシントン記念塔”の推進者ジョン・マーシャル、“自由の女神”の制作者フレデリック・バルトルディ――彼らはみなフリーメイソンである。

 これは歴史的資料に裏付けられた厳然たる事実だ。こうした現実を目の当たりにすると、多くの日本人は不可解に思うかもしれない。世界的な組織とはいえ公的な団体ではない、ましてや非常にダーティーな印象のある一組織が、アメリカ政財界の奥深くにまで影響を及ぼしているのに、当のアメリカ国民は違和感を感じないのか、と。はっきり言ってアメリカ国民にはそんな感覚などない。そもそもフリーメイソンが『秘密結社』であるという認識自体、一般のアメリカ人にはないのだ。こうしたギャップは日本におけるフリーメーソンの情報がきわめて乏しく、その質もけして良質なものとは言えないことによる。通常、秘密結社と聞いて想起するのは、マフィアやKKKといった禍々しいイメージを持つ犯罪的結社だろう。

 中にはシオン賢者のプロトコールだユダヤによる世界征服だ、とかいった諸説を条件反射的に思い浮かべてしまう人もいるかもしれない。しかし、英語でSecret Societyと言った場合、そのような不安を掻き立てるイメージとはまったく直結しない。また秘密結社といっても、すべての組織を一括りにすることはできない。一般的にその定義は“入社的秘密結社”と“政治的秘密結社”に大別されている。フランスの宗教学者セルジュ・ユタンは政治的秘密結社を「その活動、あるいは少なくとも成員の氏名を隠蔽することに務める団体で、その団体活動は公的機関の埒外にあるものであるか、あるいはもっとも多く見られる例では、現存の権力に対して反抗するものである。」としている。

 彼は政治的秘密結社として、バヴァリアの『啓明結社』、イタリア、フランスの『カルボナリ党』、アメリカの『ク・クラックス・クラン(KKK)』などを挙げている。一方、入社的秘密結社についてユタンは次のように定義している。「この団体は少しもその存在を隠そうとしない。すなわち、その掟、沿革、集会場所、教義はもちろん、会員の氏名さえ何人にも秘密とはされていないことが多い。これらの団体はただその特有の儀式だけを真に秘密にし、かつ会員が相互に自分たちを他の人々から識別するための記号・符牒を秘密にするだけである。これらの団体が単なる封鎖的団体と区別されるのは、加入者に対してイニシエーション(入社式)を行い、多少複雑な儀礼を有し、一種の祭式を行う点である。」

 彼は入社的秘密結社としてエジプトの密儀宗教、ギリシアのディオニュソス信仰、オルフェウス教団、ピュタゴラス教団、グノーシス派、テンプル騎士団、カバラ派、薔薇十字団、そしてフリーメイソンを挙げている。とはいえ、平均的なアメリカ人の持つフリーメイソン像は“秘密結社”というよりむしろ、病院や福祉施設へ多額の寄付をする“慈善団体”、会員が相互に親睦を深める“相互扶助団体”というものが大勢を占めるだろう。フリーメイソンは、すでに18世紀の末に病気や事故などで困窮する会員の子女のための教育施設を設立しており、現在でも孤児や老人、未亡人などを扶助するための福祉施設、あるいは身体障害を持つ子供のための教育施設・病院施設などを会員の自発的な寄付によって運営しているのだ。

 これだけでも、日本におけるフリーメイソンのイメージがいかに歪曲されたものであるかが理解いただけるだろう。その日本においてさえ幾つかのロッジは、前途有望な学生に対し奨学金を支給したり、孤児院の援助や盲導犬の訓練などの慈善事業を精力的に行っている。とはいえ、フリーメイソンの団体目的は慈善活動ではないし、当のメイソン自身、自分たちが慈善団体であることを否定している。ただフリーメイソンは会員に対して“兄弟愛の絆”を尊重し、“全人類に対する奉仕”と“寛容”そして“困窮者の救済”を信条とするよう求めている。各ロッジ、そして各メイソンはそうした信条に基づき各々が自発的に会員相互の共済と慈善活動を営んでいるに過ぎない。会員は地域社会に貢献する有意義な活動を行うよう奨励されるが、けして特定の活動を強制されるわけではないのだ。

◆志願者の資格

 フリーメイソンは自らの団体を指してけして“秘密結社”とは言わない。日本のロッジなどはむしろ、大衆に浸透した禍々しい印象と固定観念を払拭するため、秘密結社であることを声高に否定している。むろん、ここでいう“秘密結社”とはユタンの定義した政治的秘密結社のことだが。フリーメイソンの教義、信条、内部規律は団体発足の段階で日本政府に提出されており、その気になれば誰でも取り寄せて閲覧することができる。会員相互の秘密の認識方法や独特の参入儀礼などが存在することは確かだが、そうした例外を除けばすべて公開されている言っていいだろう。もちろん、フリーメイソンは閉鎖団体ではないので、一定の資格さえ満たせば誰でも会員となることができる。その資格が何であるかは『古代憲章』や『フリーメイソン憲章』と呼ばれる彼らの規範大系において明文化されている。

 『古代憲章』と呼ばれるフリーメイソンの憲章は、メイソンの伝説的歴史や規範、義務などを体系化したもので、1390年版と1425年版があり、全125条からから構成されている。フリーメイソンの各ロッジは、この『古代憲章』の写本を持っていたものと思われる。他方の『フリーメイソン憲章』は、スコットランドの教会首長ジェイムズ・アンダーソンが『古代憲章』を要約し、当時すでに錯綜としていたメイソンの教理・象徴大系を初めて公式化したもの。1723年版と1738年版があり、両者の間には微妙な相違点がある。ちなみにアンダーソンの憲章に対してはフリーメイソン内部にも反発するロッジがあり、1751年にはこうしたロッジの会員が『古代憲章』による自らのグランド・ロッジ『エインシャント・グランロッジ』を作り、敵対する存在となった。

 彼らは自分たちを『古代派(エインシャント)』、それまでのグランド・ロッジを『近代派』と呼んで区別した。古代派はイングランドにおいて認可されず、アイルランドやスコットランドを主な活動の拠点としていた。両派の確執は1813年まで続いたが、その年、二人のグランド・マスターの間で合意が取り交わされ、対立が解消。イングランド連合グランド・ロッジが組織された。話が逸れたが、フリーメイソンの憲章はそうした紆余曲折を経て最終的に現代の『フリーメイソン憲章』へと結実し、彼らの信条や規範、義務と呼ばれるものが徐々に固定化されていったのだ。まず、フリーメイソンは会員の勧誘をいっさい行わず、本人から入会希望がなければ、誰も入会を求められることはない。

 それは彼らは他のどんな団体よりも“自由意思”を尊重するからだ。入社式に臨む志願者の資格については1858年、「フリーメイソン季刊誌」に発表された「フリーメイソンの基礎法」なる25ヶ条の規範大系に詳しい。会員の知らぬ人間は、試験を通過せずにはロッジ内に入れない。この訪問者が会員の知人であり、さらに会員が保証すれば、厳密な資格審査後、試験が実施される。(第15条)いきなりフリーメイソンのロッジに行って門を叩いたとしても入会することはできない。フリーメイソンとなるにはまずフリーメイソンの知人がいなければならないのだ。会員の助言と手助けがなければ、そもそも入会申込書を入手することはできない。会員はその者がフリーメイソンとなるにふさわしい人物か――健全な精神と高い道徳的品性を有した善良な人間であるかどうかを判断し、問題がなければ志願者としての資格を組織に対して保証する。

 入社式に望む志願者の資格は、アンダーソンの『憲章』にある。肉体的に不具ではなく、自由主義国家に生まれた、成人男子でなければならない。即ち、不具者、女性、奴隷は、『憲章』においては不適格とされる。時代とともに変化はあるものの、この資格はフリーメイソンの象徴的教義から生まれたものであり、不変である。(第18条)フリーメイソンの意味は『自由な石工』。元来、過酷な肉体労働を常としていたメイソンは、伝統的に女性や不具者の入会を拒んできた。こうした体制は組織の根本に関わる絶対的な原則であるため不変であるが、現在ではフリーメイソンそのものではなくフリーメイソンの“関連組織”という形で、従来入会を拒まれてきた人たちに対しても門戸を開き始めている。

 フリーメイソンの親縁団体イースタン・スターには、メイソンの家族の女性たちが入会している。メイソン志願者の資格としてもう一つ重要なのは、その者がなんらかの宗教的信仰を有していることである。即ち、無神論者はフリーメイソンとなることはできないのだ。それでは、フリーメイソンは宗教団体なのかと言えばそうではない。メイソン自身、組織が宗教団体であることを否定しており、あるいはいかなる宗教から派生したものでもないことを強調している。フリーメイソンはいっさいの宗教的教義を持たないことを原則とし、ユダヤ・キリスト教、あるいはヒンドゥー教や仏教であれ、会員は各々が信奉する宗教的信条に従い、自らが信仰する神のみを崇めることができる。後に述べるが、フリーメイソンにとっていかなる宗教の神も同一の存在であり、突き詰めれば宇宙を創造した偉大なる建築者に行きつくのである。

◆フリーメイソンの起源

 近代フリーメイソンの歴史は1717年に始まる。その年の6月24日(聖ヨハネの日)、ロンドンにあった四つのロッジ――『アップル・トゥリー』『クラウン』『ラマー・アンド・グレイプス』『グース・アンド・グリドアイアン』――が『グース・アンド・グリドアイアン』に集まり、初めて『グランド・ロッジ』を結成した。グランド・ロッジとは、ロッジを統轄するロッジの意。ロッジ運営の中心となる役職『グランド・マスター』が配置され、新しいロッジを承認する権限が与えられている。日本のフリーメイソンはフィリピンから承認され、フィリピンのフリーメイソンはアメリカから承認され、アメリカのフリーメイソンはイギリスから承認された。フランス、ドイツ、韓国、台湾……近代フリーメイソンのすべては、1717年に発足したイギリスのグランド・ロッジに端を発する。

 むろん、個々のロッジはグランド・ロッジ成立以前から存在していた。1599年にスコットランド最古のロッジがあったという記録もある。また、先述した『古代憲章』と呼ばれる憲章には、1388年にはすでに、イングランドおよびスコットランドにフリーメイソンが存在していた、と述べられている。ちなみに『ロッジ』という言葉は13世紀頃に登場し、『フリーメイソン』という言葉は14世紀頃から使われるようになった。しかし、それ以前の歴史――フリーメイソンのロッジがどのように誕生し、発展し、その形態を整えていったのかとなると多くは謎に包まれており、諸説入り乱れている。当のメイソンはフリーメイソン憲章の第一部「歴史編」において、天地創造を紀元前4004年の出来事と定め、メイソンの歴史は「宇宙の偉大な建築者である神の形に似せて造られた最初の父アダム」にまで遡ると主張している。

 フリーメイソンの相互扶助の精神は人間の社会が成立すると同時に、即ち始祖アダムとエヴァの時代から当然に存在したはずであり、近代のフリーメイソンへと連綿と受け継がれてきたのだという。同じく、フリーメイソンが内部で説く伝説的起源には、その象徴的階位や入社儀礼は紀元前十世紀頃に存在したソロモン神殿において誕生したとするものもある。ソロモン神殿とは古代ユダヤ民族が唯一神『ヤハウェ』の恒久の住いとして聖地エルサレムに7年半を費やし建設したという神殿のこと。ソロモン神殿は神が設計した完全なる建築物とされ、フリーメイソンの重要なシンボルとなっている。旧約聖書によれば、ソロモン王は神殿建築にあたって、同盟国であり父王ダビデの時代から親睦を深めていたツロの王ヒラムに助力を求めた。ヒラムの支配下にあったティルスやシドン(古代フェニキアの海港都市)の人々は当時最高の建築技術と卓越した彫刻・装飾技術を持っていることで知られており、小アジアにおいては建築の仕事を独占していたからだ。

 ツロの王ヒラムはソロモン王の要請に快く応じ、ティルスから3306人もの労働者を送り、神殿建設に不可欠な材木と石を遣わした。このとき神殿建設の中心的役割を果たしたのが「ヒラム・アビフ」(ヒラム王とは別人)なる人物である。近代フリーメイソンはこのヒラム・アビフを「ソロモンの神殿」とともに重要な象徴としている。旧約聖書には、ヒラム・アビフはナフタリ族(イスラエルの1支族)の未亡人の息子で、父親はティルス出身の真鍮職人だったとある。傑出した知識と技術を持っていたヒラムは、神殿建設の最高責任者として建築全般の管理を任された。彼自身、すべての建築的装飾や神殿内部の装飾を手がけた。彼は職人たちを『親方』と『職人』からなる小集団に組織化し、合言葉や符牒の使用させるなどの工夫によって見事に神殿を完成させることに成功した。

 さらに1756年版『フリーメイソン憲章』の伝える伝説によれば、ソロモン神殿の建設に際しフリーメイソンの伝統に従って、ツロの王ヒラムとソロモン王との間でグランド・マスターの最高会議がつくられ、賃金大系や労働条件について規定する唯一マスター・ロッジが設置されたという。ソロモン王が不在の場合は神殿建設の最高責任者であるヒラム・アビフを代理グランド・マスターに指名し、不在でなくとも首席大首長として、二人の王と同等の権力と尊敬を付与された(ヒラム伝説については後にも述べる)。以上はあくまでもフリーメイソンの内部から伝わり来るその伝説的起源と歴史だが、フリーメイソン史家の大部分はこうした物語を史的事実とは考えず、メイソン特有の暗喩・象徴として解釈している。伝説ではなく歴史的な意味で、フリーメイソンの起源に関し現在もっとも有力視され、かつフリーメイソン自身も支持しているのが、中世の石工職人組合『ギルド』に端を発するという説である。

 先にもいったが、元来フリーメイソンは『自由な石工』、即ち大工さんたちの職業組合のようなものだった。といっても当時の建築者を現代のそれと同等に考えてはいけない。中世において、キリスト教の大聖堂、修道院、宮殿などの建築、増築、修復などのプロジェクトは数十年、あるいは数百年もの年月要することも珍しくなかった。職人たちは自分たちの仕事の権利を守るため、仕事の方法を秘密にし、詐欺師に欺かれないように仲間内で握手の方法や独自の用語などの暗号を考案していった。やがて仲間内の結束を強めるため、ギルドが構成され、『親方』と呼ばれる人物の指揮のもとに作業が進められていった。ギルドは職業上の秘密を伝達する集会所として『ロッジ』を作り、内部で親睦を深めるとともに相互扶助の精神を発達させていった。こうした石工職人組合の精神は現代のメイソンにも受け継がれているのである。

◆フリーメイソンと神秘主義

 フリーメイソンの起源が石工職人組合であるなどというと少々疑問に思われる方もいるかもしれない。近代フリーメイソンは大工の集団などではないし、建築作業にもまったく携わっていないからだ。実はフリーメイソンリーにも大きく分けて二つのタイプがあり、中世石工職人組合以来のメイソンを『オペラティヴ(実践的)フリーメイソン』、実践的な建築術と無関係なメイソンを『スペキュラティヴ(思弁的)フリーメイソン』と呼ぶ。十七世紀も後半となると、石工中心の建築の仕事が減少し、当時のロッジは存続の危機にさらされていた。そこで会員の財産を保護するために、建築者以外にも影響力をもった貴族の入会を積極的に勧めることになった。近代に入ると、思弁的メイソンの数はますます増加したが、それとは対照的に実践的メイソンの数は象徴主義を置き土産にして減少していくのである。

 思弁的メイソンがフリーメイソンに入会したのは、組織内部の秘密の知恵に近づきたいという欲求や、中世建築と古代世界への素朴な関心のためであった。彼らはまた、当時ヨーロッパ知識人の間で大きな関心の的であった神秘思想――カバラやヘルメス主義、錬金術、薔薇十字思想などを持ちこみ、フリーメイソンの象徴主義に新たな要素を加味することになった。ギルド以来の建築道具や方法もまた、実践的な用途を超え、倫理的な意味において重要性を持つようになった。フリーメイソンの代表的な象徴である“コンパス”と“直角定規”はその典型である。メイソンはコンパスと直角定規を重ねたシンボルを自らの符丁としている。フリーメイソンにとって建築道具は道具であってただの道具にあらず。コンパスと直角定規は一対の象徴であり、コンパスは「道徳」を表し、直角定規は「真理」を表す。

上向き三角形(コンパス)と下向き三角形(直角定規)の結合はダビデの星を形成し、
男と女、陽と陰、天と地、精神と物質など世界のニ元性の融和を表現している。
個々の建築道具は人間の美徳と対応し、コンパスは真理、直角定規は道徳、
鏝(こて)は結束と友愛、槌は知識や知恵を象徴している。

 コンパスと直角定規を重ねたメイソンのシンボルは道徳と真理の調和を表している。なぜか?ヒントはソロモンの神殿である。実践的な建築技術を持たない思弁的フリーメイソンにとって、完成を志向するものはいわゆる物理的な建造物ではない。彼らが建設するのは神の宿る霊的な神殿としての自己である。中でも神の設計によるソロモンの神殿は完全なる人間を表象するものであり、人間の精神的発展の暗喩であるとする認識が形成された。フリーメイソンが何よりも尊重するのは“道徳法”の遵守と、他者への“寛容”である。それは彼らの最終目的が――喩えて言えばイエス・キリストのような“真実で善良なる人間”へと変容することだからだ。人間の美徳はコンパスや定規などの建築道具によって暗喩され、すべてのメイソンはそれらの道具を用いることにより自らが完全なる人間(ソロモンの神殿)となれることを暗示しているのだ。

 フリーメイソンを理解するにあたり、避けて通れないのがこうした象徴主義であり、比喩や暗喩によって隠された教理の数々である。先にも言ったが、フリーメイソンの象徴主義は思弁的メイソンが導入した18世紀の神秘的思想潮流、特にユダヤ教神秘主義カバラや錬金術思想などが色濃く反映している。逆に考えれば、そうした神秘主義思想の象徴哲学体系を応用することでフリーメイソンの数々の象徴を解き明かすことが可能である。典型例はフリーメイソンの会員が参入儀礼の際、秘密の内に伝授されるという特殊な握手法である。秘密といってもその内容は多くのフリーメイソン史家によってすでに明かされており、現在ではフリーメイソンに関する著書を開けば誰でも知ることができる。

 秘密の握手法はメイソンの三つの位階に一つずつ存在し、徒弟の握手法は『ボアズ』、職人の握手法は『ヤキン』、そして親方の握手法は『ライオンの握手法』と名付けられている。中でも『ライオンの握手法』は、相手の親指と人差し指の間に自分の親指を交差し、さらに中指と薬指の間をハサミのように大きく開くという奇妙なものである。実は、この手の形とまったく同じものが古くから“祝福”を表現するものとして用いられており、ユダヤ教神秘主義カバラの図像の中においてもしばしば登場する。『ライオンの握手法』がカバラの影響を受けたことは否定できない。とはいえ、フリーメイソンも何の意味付けもなくそうしたシンボルを導入するわけではない。そこには必ずフリーメイソン独自の象徴性と暗喩が付加されている。

ライオンの握手法 カバラの図像

 ハサミのように開かれた指が意味するもの――それはフリーメイソンの重要な象徴である直角定規もしくは開かれたコンパスである。さらに、その手の型で握手をすることは、直角定規とコンパスを交差させることを意味し、メイソンが信条とする“道徳”と“真理”の調和を表現している(直角定規とはいえ、実際には直角ではない図像がメイソンにおいてしばしば用いられることにも注意)。このようにフリーメイソンが用いる数々のシンボリズムは決して無意味なものではない。そこにはすべて深遠な意味が隠されている。先にも述べた『フリーメイソンの基礎法』には次のようにある。科学思想、宗教、倫理思想を知るために用語を象徴的に使うことは重要である。ソロモンの神殿は、象徴的存在であり、この神殿を築いたメイソン、建設のための道具、材料を知ることは、フリーメイソンの本質を知ることになる。(第24条)

◆フリーメイソンの位階制度

 フリーメイソンにおいて何よりも特徴的なのは、その位階制度である。位階制度は、フリーメイソン各派によっても、また時代によってもさまざまに変化しているが、その基本をなすものは、『徒弟』『職人』『親方』という三位階である。フリーメイソンに加入すると、まず『徒弟』の位階に属し、次に『職人』、そして最後に『親方』の位階に進んで行く。その名称が表している通り、フリーメイソンの位階制は、実践的フリーメイソンの徒弟制度の組織に由来するものである。1356年度の『ロンドン石工規約』によると、中世の石工は七年間の修行時代を経て『徒弟』となり、初めて仕事に就くことができる。その後、やはり七年を経て『職人』となり、実際の建築に着手できるようになって『親方』となった。しかし、それは実践的な意味においてであり、思弁的メイソンが重視する精神的な意味においてではない。

 あらゆる神秘思想体系あるいは古代密儀宗教において、人間の精神的・霊的な進化の過程は三つの階梯により表現されている。ユダヤ教神秘主義カバラでは『志高世界』『中高世界』『下層世界』(あるいは神的、霊的、物的世界)の三つの世界を想定し、グノーシス派の教義では人間には『霊的世界』『心魂的世界』『肉的世界』の三つの世界が用意されているとする。同様に、新約聖書の多くの書簡を書いた伝道者パウロは、神から与えられる栄光には『太陽の栄光』『月の栄光』『星の栄光』の三つが存在するとし、人は栄光から栄光へと神と同じ姿に作り変えられていくと説いている。フリーメイソンにおける『徒弟』『職人』『親方』の位階制度も象徴的な階位として人間の霊的進化の過程を表し、徐々に彼らの志向する“完全なる人間”へと近づくことを示しているのだ。

 

生命の樹の寓意画。その基本構造は三本の柱と10個のセフィロト、
22のパス(小径)、トリプルの三つ組み(三世界)、隠された知識(ダアト)である。

 一方、現在アメリカで主流を占めている位階制は、『スコティッシュ・ライト』と『ヨーク・ライト』である。ともに『徒弟』『職人』『親方』の三位階を基本組織としているが、スコティッシュライトはその上に三十もの上位位階を認めており、ヨーク・ライトは七つの位階を立てている。ここで重要なのはスコティッシュ・ライトもヨーク・ライトもけっしてメーソンの上部団体ではないということ。両団体ともメーソンの哲学を詳しく学びたい人のために用意された附属団体であり、よって命令や指導する権限も一切ないのだ。中でもスコティッシュ・ライトの組織は全33位階と非常に多いが、フリーメイソン史家が33という数字を聞いて真っ先に想起しなければならないのは『ソロモンの神殿』であろう。ソロモン神殿は建設以来33年、ヤハウェの神殿としてその輝きを放ち、その後破壊された。

 またイエス・キリストの生涯は33年であった。フリーメイソンにとって33という数字はそれだけ重要な意味がある。またユダヤ教神秘主義カバラとの関係においても33という数字は避けて通れない。カバラの象徴図形である生命の樹には神的な属性や諸力、あるいは神性の顕現形態を表すセフィラと呼ばれる円形区分が全部で11個(うち一つは隠されたセフィラ「ダアト」)存在し、その間を22本のパス(小径)が複雑に結び付けている。カバラの教理において、生まれたばかりの人間はマルクトに位置し、神の叡智と秘儀を求める者は、マルクトからイエソド、ホド、ネツァク、ティファレトへと段階的にセフィラを上昇することで霊性の向上を経験する。最上位のセフィラであるケテルに至る過程には三つの世界が用意されており、それが先述した『至高世界』『中高世界』『下層世界』である。

ブルー・ロッジ 徒弟
職人
親方
完全なるロッジ 秘密の親方
完全な親方
親密な秘書
主監と判事
建物の管理者
選ばれた九人
10 選ばれた十五人
11 選ばれた十二人
12 建築の大棟梁
13 エノクあるいはソロモンのロイヤル・アーチ
14 完全なる被選抜者
薔薇十字の支部 15 東方または剣の騎士
16 イェルサレムの王子
17 薔薇十字の騎士
18 薔薇十字の支部
カドシュの法院 19 大司教
20 象徴的ロッジの棟梁
21 ノアの末裔またはプロシアの騎士
22 王者の斧の騎士またはレバノンの王子
23 幕舎の長
24 幕舎の騎士
25 青銅の蛇の騎士
26 恩寵の王子
27 殿堂の指揮官
28 太陽の騎士または熟練した王子
29 聖アンドリューのスコットランド騎士
30 カドシュの騎士
最高法院 31 大審問長官
32 王者の秘密の棟梁
33 最高大総監
33位階にあたる“最高大総監”は一般には名誉職とされ、メイソンの活動に大きな貢献を果たした功労者に付与される特別な称号である。

 33位階の詳細は上の表の通り。スコティッシュ・ライトが生命の樹の影響を受けていることは明白だ。基本の三位階(徒弟、職人、親方)はカバラの三世界と対応し、『完成のロッジ』および『カドシュの法院』に含まれる22の階位はセフィロトを結び付ける22のパスを表している。ここで30位階にあたる“カドシュの騎士”を除外したのは、メイソン各派の違いにより、この階位が31位階“大審問長官”および32位階“王者の秘密の棟梁”と共に『最高法院』を構成することがあるからだ。30という数字はフリーメイソンにおける一つの転換点となっている。イエス・キリストがイニシエーション(ここでは断食、悪魔の誘惑、火と水の洗礼などの試練、儀礼を指す)を受け、霊的な覚醒を遂げたのも30歳の時であった(このことに関しては後編で述べる)。

 とすれば“カドシュの騎士”の意味するところは、生命の樹の中で『至高世界』に参入するためには必ず通過しなければならない試練の道――隠されたセフィラ“ダアト(知識)”に対応すると考えるのが妥当であろう。とすれば、残る『ブルー・ロッジ』と『薔薇十字の支部』、および『最高法院』に含まれる10の階位は、生命の樹を構成する三つの柱に配列された10個のセフィロトを暗喩していることになる。具体的に、『ブルー・ロッジ』は向かって左の柱である『峻厳の柱』を、『薔薇十字の支部』は中央の均衡の柱を、そして『最高法院』は向かって右の『慈悲の柱』をそれぞれ表しているのだ。スコティッシュ・ライトの本質とは、22の小径(位階)により結合された正の原理(慈悲の柱)と負の原理(峻厳の柱)、そして大極の原理(均衡の柱)を学び、完全なる人間へと至る道程(生命の樹)を思弁することにある。