
2000/09/08
| 謎の類人猿 |
未確認動物学者たちが追い求める神秘的なUMAの中でも、最も謎めいているものの一つが巨大類人猿である。未知の類人猿は遥か昔から幾度となく、しかも世界中で目撃されてきた。最も有名なものは、ヒマラヤ山脈に出没する雪男(イエティ)である。他にも、北アメリカの山中に出るというビッグフット、カナダのサスカッチ、オーストラリアの伝承に登場するヨーウィー、中国中央部の湖北省に棲息する野人、ロシアと中国の国境沿いに広がるパミール高原地帯に出没するアルマス、日本の比婆山周辺に住むというヒバゴンなどが知られている。しかも、これら未知なる類人猿は決まって背筋を伸ばし、二足歩行を行う。これは、動物園で見られる猿やゴリラなどよりも遥かに進化した霊長類、極めてホモ・サピエンスに近い高等動物であることを示唆している。
◆チョモランマの雪男
1921年、ハワード・バリー大佐を隊長とするイギリス陸軍の遠征隊がエベレスト北壁の世界最初の登頂を試みていた途中、ラプラタ山道の積雪を背景にして移動する多数の黒っぽい動物の群れを目撃した。チベット人のポーターは「イエティだ!」と叫んだ。そこは標高6000メートルを越える高山地帯だった。この事件以来、エベレスト山でイエティの姿を見たり、足跡を発見したという報告が相次いだ。いわゆる“雪男伝説”である。科学者の目から見れば、標高数千メートルのエベレストに未知の類人猿が棲息しているなど、とても信じることができなかっただろう。実際、当時の目撃報告には胡散臭い疑惑の要素が多分に混入していた。だからこそ1951年、シプトンが撮った写真はセンセーションを巻き起こしたのだ。
イギリスの登山家エリック・シプトンはエベレスト北側の踏査中、1.5キロにわたってメンルン氷河を横断するイエティの鮮明な足跡を写真に撮影した。それは、長さ38センチ、幅22センチのくっきりした巨大な足跡で、親指、人差し指が異常に発達したものだった。シプトンは科学調査団のメンバーであり、事実に事実以外の要素を加える動機がない。この事件により雪男伝説は伝承の世界から抜け出し、現実の見聞としての新展開を見せたのだ。一方で、大英博物館の自然史部門の権威者の一人T・C・S・モリソン・スコット博士は雪男フィーバーに疑問を呈し、この足跡の主はヒマラヤのラングール・ヤセザルという動物ではないかという見解を発表した。しかし、ラングールヤセザルは大部分の類人猿と同様、通常は四本足で歩く。
それに対して、足跡を残した動物は、写真を見る限り明らかに二足歩行生物である。ではやはり、ヒマラヤには未知の巨大類人猿が棲息しているのだろうか?1954年、デーリー・メール紙はイエティ捕獲を目的とする遠征隊を組織し、3ヶ月にわたってヒマラヤを探索した。残念ながら、雪男を発見することはできなかったが、一つだけとびきり貴重な情報を入手した。この土地に散在するある僧院に“イエティの頭皮”が保存してあって、聖なる遺物として礼拝の対象となっているという。問題の頭皮は円錐形で、毛に蔽われ、中央部には鶏冠があった。しかし分析の結果、問題の頭皮はネパールに棲むサザン・セローという山羊の一種の毛皮を、蒸気で整形して頭皮に似せた偽物であることが判明した。イエティの正体はいまだ闇に包まれている。
◆パミールの獣人アルマス
中央アジアのパミール高原――ここには未知の類人猿がひっそりと生き延びているという。地元の住人はこの“野人”の実在――多くのアジアの言葉ではアルマスという――を疑うことなく堅く信じている。実際、この辺境の高地に生きる未知の野人に関する報告は、紀元前7世紀から1990年代まで、数限りなく存在している。ヒマラヤのイエティやネス湖の怪物のようなUMAは、目撃報告によって話が食い違うことも多いが、ことアルマスに関しては驚くほど話が一致している。そのためアルマスの実在を信じ、その探索を続けている学者も決して少なくない。もちろん、初期の研究者たちは、きわもの視されることも少なくない未知の類人猿の研究に対して、孤立無援の状態であった。
モンゴルの伝説についての世界的な権威者である、ウランバートル大学のリンチェン教授もまたそんな一人である。しかし、1950年代以降、氏の先駆的な研究に刺激されたソ連科学アカデミーおよび哲学教授ボリス・ポルシュネフらの後押しによって、アルマスの問題に対する学界の反応は徐々に変わってきた。特に、1974年、ポルシュネフがアメリカの有力雑誌『現代人類学』に寄稿した野人に関する論文は、アカデミズムの大きな関心を集めた。ポルシュネフの弟子の一人であるジャンヌ・コフマン博士はコーカサス山地に研究センターを開設し、現在も勢力的にアルマスの研究を続けている。ここでは今でもアルマスの目撃例がしばしば報告され、住民たちもその存在を当然のこととして受け入れているという。
コフマンの研究チームが集めた何十例という目撃談の中には、トウモロコシの畑でトウモロコシの穂を食べている女性のアルマスを、30人もの人が同時に見たという驚くべき例もあった。さらに、コフマンのチームは、アルマスの巣と思われる場所を2箇所も発見したと報告している。そこにはジャガイモ、果実類、トウモロコシなどが貯蔵されていて、それには見間違いようのないヒト科動物の歯型がついていた。客観的に見てもコーカサス地方に未知のヒト科動物が生息している可能性は極めて高いと言えるだろう。現在では誰でも知っているゴリラも、アルマスと同様、かつては現地の伝承や目撃者の報告例によってのみ知られ、見識ある科学者たちは絵空事として一蹴していたのだ。
しかし、実際に実物が捕らえられ、動物園に送られてはじめて、その存在は実証された。これから先、同じことが起きないとは誰が言い切れるだろうか?コーカサスに限らず、東ヨーロッパからシベリア、そして東アジアかける一帯には、古くから未知の獣人に関する伝説や目撃証言が数多く残されている。中央アジアの動物について書かれた12世紀のある文書には、ナスナスという動物のことが次のように書かれている。「トルキスタンの平原に住み、直立した姿勢を持つ動物。幅が広く、平らな爪を持つ。……人類に次いで、最も高等な動物である。」人類に次ぐ高度な類人猿――過去に遡れば、発達した頭脳を持ち、2本の足で歩く高等霊長類は数多く存在した。すなわち、旧人である。
◆アルマスはネアンデルタール人か?
1982年、ポルシュネフの説に関心を示したイギリス考古学者――レスター大学のマイラ・シャックリー博士――は、モンゴルでのフィールドワークを終えたのち、高名で保守的な雑誌『古代』に『ネアンデルタール人生存の論拠』と題する論文を発表した。彼はその中で証拠を慎重に検討した上、次ぎのように述べている。「ネアンデルタール人は絶滅し、現代人が現存する唯一のヒト科動物だという主張は、生物学上、時代遅れの傲慢な考え方である」――ネアンデルタール人とは、1856年、ドイツのネアンデル渓谷で初めて骨格の一部が発見され、その存在が確認された化石人類の一種である。猿人・原人に次ぐ旧人(新人の前段階)であり、約10万年前から4万〜3万5000年前まで、地上で生活していたと考えられている。
彼らが人類の直接的な祖先かということについては諸説あり、はっきりしたことは分かっていない。学界の立場としては、現代ヨーロッパ人はネアンデルタール人から進化したという説と、ネアンデルタール人とは別のところで進化を進めていた新人が、台頭する過程でネアンデルタール人を追いやり、絶滅させたという説に分かれる。実際には彼らの起源、そしてその絶滅原因に関する説も諸説入り乱れているが、彼らがこの地球上から絶滅してしまったという点では、そのいずれもが一致している。しかし、本当にネアンデルタール人は、すべて滅び失せてしまったのだろうか?彼らが現在も生き延びているという考え方はそれほど突飛なものなのか?実は可能性がないわけではない。
先のボリス・ポルシュネフは、僻地へ追いやられたネアンデルタール人あるいはその他の旧人が、深い森や、砂漠、人里離れた山岳地帯などに逃げ延び、そこでひそかに生き延びているのではないかと考えていた。実際、南ロシアと中央アジアはネアンデルタール人がかつて住んだことのある地域で、約3万5000年以上前のネアンデルタール人の遺骨が、現在のアルマス目撃地帯の3箇所で発見されているのだ!断言してもいい。アルマスの正体はネアンデルタール人である。チベットの雪男他、世界各地で目撃される未知の類人猿もまたネアンデルタール人をはじめとした旧人である可能性が高い。特に、いまだ人跡未踏の原始林が広がる中国では、“イエレン=野人”と呼ばれる巨大類人猿がたびたび目撃されている
実際、中国科学探検協会が一連の探索を行なった結果、イエレンのものと思われる体毛のサンプルが八千例も収集された。その毛を予備分析したところ、人類に近い種の高等霊長類のものと判明したのだ。アルマスに話しを戻すが、実はここにポルシュネフの仮説を裏付ける興味深い報告がある。1925年にソ連の軍医が行った、死んだアルマスについての詳細な研究結果だ。それによると、背丈は中背で、体は筋肉質、解剖学的に人間と大きな違いはないように思われた。ただ、頭部の形には特徴的な違いがあり、眉のあたりが盛り上がり、額は傾斜し、下顎が大きくて、鼻はあぐらをかいていたという。その全体的な姿は古代のネアンデルタール人の復元像と完全に一致する。ただ、ネアンデルタール人の骨格からは、それがアルマスと同じように赤褐色の毛で覆われていたかどうかは不明である。
◆ビッグフットあるいはサスカッチについて
未知の類人猿の中で、もっとも目撃報告が多いのがビッグフットである。標高数千メートルのヒマラヤやいまだ鬱蒼たる原始林が広がる中国と比べれば、開発された地域が多く人口密度も高いアメリカで、同様の類人猿がもっとも多く目撃されるのは当然のことではあるが。しかし逆に、このアメリカに巨大な類人猿がうろついているなどというのは、まったく“馬鹿げた話”と否定することもまた、容易である。アメリカの未開地で野生人が目撃されたという記録は、19世紀初頭に遡るが、事実上、ビッグフットの存在が取りざたされるようになったのはほんの最近のことである。1958年の8月、カリフォルニア州ブラフ・クリーク近くで道路建設工事にあたっていたジェリー・クルーが、一夜明けたら巨大な足跡が残っていたと通報した。
停めておいたブルドーザーの周囲に点々と残っていた足跡は、いずれも裸足のもので、長さは約16インチ、歩幅は46〜60インチ。つまり、人間の平均的なそれの二倍はあった。その後、ビッグフットは実在するという考え方が、未確認動物学者のみならず、大衆一般にも広がっていったのである。ビッグフットの目撃報告は、他の一般的なUMAの目撃例とは異なり、ごく間近で遭遇したというものが多い。1977年8月には、米国空軍の三等軍曹と友人2人が、モンタナ州のベルトクリーク・キャニオンでキャンプをしている最中、身長が4.5メートルもある生き物に出くわした。彼らが発砲すると、相手が向かってきたため、車に飛び乗り、ほうほうの態で逃げ出したという。
さて、本題はこれからである。ビッグフットの正体を検証して、はじめてこのページにも実りがある。まずビッグフットの外見に関しては、目撃証言によってバラバラでこれがそうだということは言えない。ただ、証言を総合して核となる部分を抜き出すと、それは身長2メートルから3メートル程度の、毛深く、筋肉質の体をしており、二本足で歩く怪物で、単独で行動する性質を持っているらしいことが分かる。ほとんどの場合、首は短いかないに等しく、鼻が低くて、額は曲線を描いており、頭は円錐形をしている。柔らかい地面や雪に残された足跡も頻繁に目撃されており、足の長さは通常15〜18インチあまり、幅は約7インチある。首を傾げざるを得ないのが、足跡のすべてが5本指とは限らないという事実である
よく見つかるのは5本指の足跡だが、中には3本、4本、あるいは6本だったという報告も数多く寄せられており、実際、それを証明する石膏型も残っているのだ。先にアルマスやイエティの正体はネアンデルタール人をはじめとした古代の旧人であると結論したが、ことビッグフットに関してはその説明がふさわしくないようである。そもそもアメリカ大陸には旧人が存在しなかった。ビッグフットの正体を確実に捉えるためには、目撃証言だけでは不足である。どうしても、生の写真やフィルムによる生きたビッグフットの映像が不可欠となる。とはいえ、世に出まわっているビックフット写真やビデオ映像の大半はまったくの眉唾物であり、信用がおけるようなものではない。

例えば上の半人半獣は、1917年、スイスの地質学者フランソワ・ド・ロウがコロンビアとベネズエアの国境で仕留めた、身長1.5メートルほどの生き物である。ビッグフットの写真として紹介され、意外に普及しているが、これはクモザルの一種だ。手足の比率から見ても二足歩行向きではないし、尻尾まで生えている。1967年10月20日には、ビッグフット・フリークの猟師ロジャー・パターソンとボブ・ギムリンが、カリフォルニアのブラフ・クリークでビックフットを探索中、雌のビッグフットと遭遇し、逃げていくその生き物の姿を短時間ではあるが16ミリ・フィルムに収めている(左下)。問題の生物は身長約2メートル強と推測され、全身黒い短毛で覆われた体と円錐形の頭を持ち、一見するとゴリラのような風体である。
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しかし、このビデオ映像もご多分に漏れず偽物だった。ハリウッドのベテランディレクター、ジョン・ランディスはフィルムに写ったブッグフットは、ジョン・チャンバース(映画猿の惑星でも活躍)の制作した着ぐるみをきた偽物であることを暴露している。比較的近年の偽物としては、1995年12月9日、アメリカ・ワシントン州のレイニア山麓で付近をパトロール中の森林警備員が撮影した沼地で水浴びをしているビッグフット写真が挙げられる(右上)。問題の生物はこれまで目撃された種類とは違い、頭部が肩に埋まったような低い位置にあり、一見するとウルトラマンに出てくる怪獣ジャミラのようだ。写真に修正の跡がないとして一時本物扱いされたが、現在ではコンピューター・グラフィックによる偽造写真であると言われている。
◆ビッグフットの正体を追え!
こういうと何か夢を壊してしまうようだが、誤ったビッグフット像を払拭しない限り、ビッグフットの真の正体に肉薄することはできない。そしてここに、19世紀の探検家シエサ・デ・レオンがインディオたちから耳にした非常に興味深い物語が存在する。多くのUMA研究家は無視するが、ここにビッグフットの謎を解く鍵が残されている。その一部(『ペルー年代記』第1巻52章)を『ペルー・インカの神話』(青土社)から抜粋しておこう。「プエルト・ビエホの近くのサンタ・エレナの岬に上陸したといわれる、ペルーにおける巨人に関する噂が今もってあるので、わたしはわたし自身がたいした注意も払わずに聞いた話を報告しようと思う。ちなみに、この話は庶民の間では非常に人気が高く、彼ら庶民は常に出来事を大袈裟に言う傾向にある。
……《海から、トトーラ・イグサで作ったバルサ型の舟――といっても、普通の船ほどの大きさのものだが――に乗って、大きな男たちがやってきた。大きな男たちは本当に大きく、膝から下までだけで、いい背丈をした人間の男と同じくらいだった。手足も体に比例して長くて大きかった。巨大な頭と肩まで垂れ下がる長い髪は、見るだに恐ろしかった。目は大きな皿ほどの大きさだった。髭は生やしていなかった。何人かは動物の皮で作ったものを身に着けていたが、残りは生まれたままの姿だった。……原住民たちは団結し、自分たちの土地を占領しに来た、巨人という新しい種族に対抗しようとした。だが、巨人たちと戦うには弱すぎた。そのようにして、何年もの年月が過ぎた。
……原住民たちはつづけて、次ぎのように断言する。すなわち、神は、巨人たちの罪の大きさに見合った罰を、巨人たちにお与えになられた、と。巨人たちが群がり集まって男色の行為にふけっているとき、天空から身の毛もよだつ、恐ろしい火の塊が、轟音とともに降ってきた。そして、その火の真ん中から、光り輝く一人の天使が、ぎらぎらと輝く鋭い剣を手にして現れ出、一振りした。巨人たちは、全員、その一撃で死んでしまった。…》原住民たちは、巨人たちについて以上のように言った。われわれはこれを本当の話として信じている。なぜなら、この地方では、これまで、そして現在でも、巨大な骨が見つかっているからである。わたし自身、巨大な歯の破片を発見したという、何人かのスペイン人たちの噂を聞いている。」
おそらく伝説として語り継がれた巨人族の正体はビッグフットだろう。いや、ビッグフットの正体こそ巨人族なのだ。シエサ・デ・レオンに限らず、初期の記録者たちの書いたものには、しばしば遠い過去に巨人族が存在したことをほのめかす文章が出てくる。例えば、イエズズ会の伝道師ペドロ・ロサーノは、“犬のような顔をし、長くて鋭い歯を持った”巨人たちの存在に言及している。さらに、世界周航の記録者であったアントニオ・ピガフェッタは、彼自身、パタゴニアで巨人族に出くわしたと主張し、次ぎのように書いている。「ある日のこと、そのようなことはまったく予想もしていなかったとき、巨大な身の丈の一人の男が我々の前に立ち現れた……。男はあまりに背が高く、我々の頭は男の腰のあたりにも届かないほどであった……。
わたしはこの男のほかにも数多くの大きな人間と遭遇した。」巨人族は海を渡ってアメリカ大陸に上陸したとあるが、それでは他の地域にも巨人族に関する伝説は存在するのだろうか?確かに存在する。ギリシア神話には巨神族ティターンが登場するし、北欧神話にもユミルやトールといった巨人に関する記述がある。さらに無視できないのは古代ユダヤの伝説に出てくる巨人族、すなわちネフィリムである。ネフィリムはノアの大洪水以前から存在した巨人族で、人類最初の殺人者カインの末裔であるとも言われる。ネフィリムは男色や殺人をはじめとした数限りない罪悪を犯したため、大洪水によりすべて地上から取り去られたという。しかし、ノアの三人の息子の一人ハムの妻はカインの末裔であったため、巨人族の種は後の世に残された。
大洪水後の世界において、ネフィリムはアナク人(アナクとは首から上が高いという意味)と呼ばれている。アナク人の大部分はヨシュアのパレスチナ征服によって滅びたが、その一部は敵の領土や山地に逃げ延び命脈を保った。勇者ダビデと闘った、身長2メートル90センチの巨人ゴリアテもアナク人の生き残りである。興味深いことに、ネフィリムの中には手足の指が六本ずつという奇妙な形態を持つ者が輩出していた。ラファの子孫で、手足の指が六本ずつ、合わせて二十四本ある巨人が出て来て、イスラエルを辱めたが、ダビデのシムアの子ヨナタンが彼を討ち取った。(サム下21:20)ビッグフットのものとされる足跡にも指の数が6本のものがしばしば報告されているが、無視できない一致点である。
おそらくビッグフットの正体はアメリカ大陸に渡ったネフィリムの末裔であろう。彼らはカナンの地と同様に、アメリカ大陸でも安息の居住地を見出すことはできなかった。文明を保持できず、永遠に地上を放浪する――それが彼らの宿命なのである。それは呪いといってもいい。聖人アベルを殺したカインの末裔としての責めを彼らは今も背負って生きているのだ。主は言われた。「土を耕しても、土はもはやお前のために作物を生み出すことはない。お前は地上をさまよい、さすらうものとなる。」カインは主に言った。「……わたしに出会うものはだれであれ、わたしを殺すでしょう。」……主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられた。(創4:12−15)
| カインの直系はネフィリムであり、その末裔は絶対神の呪いを受けた。彼らは今も人目を避け、山中深く隠れ住みながら命脈を保っている。彼らに定住の地はない。都市開発が進むに従い、ネフィリムはますます辺境の地に追いやられることになろう。しかし、カインのしるしがある限り、我々が彼らを目撃したとしても、誰も彼らを殺すことおろかは捕えることもできない。その意味で、ビッグフットはこれからもUMAであり続けるだろう。 |